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生きづらさは「ちゃんとしないと」の中にあった

昨年から、アルコール依存症の講演会やセミナーに参加する機会があり、そこから依存症についての本を何冊か読んでいます。
その中の一冊「人を信じられない病 信頼障害としてのアディクション」小林桜児著
(著者は神奈川県立精神医療センター依存症診療科の精神科医)

読んでみて感じたのが、私自身、実家にいるときに依存症(以下、アディクト)に近い状態になっていたことがあったのではないか、という気づきでした。 今回詳しく書くことはしませんが、決して他人ごとではないと感じています。

アディクトというと、意志が弱いからなるんだ、と言われることが多いようです。

ですが、アディクトになる背景には、幼少期のこと、その人がどのようにして生きてきたか、があって、人に裏切られ続けた、もしくは人を頼ることができないからモノ(行動)にしか頼れないということがあるそうです。(アルコールに関しては遺伝的なものもあると言われていたり)

本では生きづらさ、という表現されていて、「明白な生きづらさ」と「暗黙の生きづらさ」があります。

「明白な生きづらさ」は親との離別体験、虐待経験、親族の自死、不登校や補導など、家庭や学校で居場所がないことと関わる。
一方、「暗黙の生きづらさ」は過干渉や無関心など、自分さえ我慢していれば、という過剰反応によるもので、我慢と抑圧をどこかで解消するために、アディクトに陥るというものでした。

どちらも、生きていくために、自分の中で解消できない不安や心配、いろいろな感情、心の痛みを、モノで解消しようとするものです。モノではなく、行動に出ることもあって、そうするとギャンブル、買い物、性、インターネット、過食嘔吐など、その行動によって、蓄積している不安や不満、怒り、孤独感などの感情から目をそらすのだそう。

「暗黙の生きづらさ」を持つアディクトの発症はいつ起こるかわからず、自分で気づいていないこともあることに、はっとしました。

関心を持ってほしかった。
だから、努力して頑張るようになった。

いつの間にか、努力し続けないと見てもらえない、そんな感覚が自分の中に残っていたように思います。

居場所を失わないために、自己犠牲的な我慢と努力、それが過剰反応であって、我慢を続けてきた人たちだ、とあって。
今振り返ると、正しい努力ではなかったのかもしれません。それでも、あの時の努力があったから、今の自分があるのだとも思います。

本を読み進めるうちに、努力をし続けないといけない、努力しないと幸せになれないという価値観が私の中に強くあったことは、きっともっと褒めてほしかったし、もっと関心を持ってほしかったんだなと感じて、胸がうずく感覚がありました。

生きづらさは、何かが足りなかったから生まれるものではなく、ちゃんと生きようとしてきた人の中に、静かに残る感覚なのかもしれません。
昨年からの変化によって、自分には関係のない世界は、ないな~とだんだんと感じるようになっています。

サロンでは、 何かを変えようと頑張るのではなく、これまで頑張ってきた自分を、少し休ませる時間を大切にしています。
いろいろ抱えたままでも、 そのままのあなたが呼吸がしやすくなる場所であれたらと思っています。