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毎月のメルマガでは、その時に私が感じたことを比較的オープンに書かせてもらっています。
今回は、母について「根に持っていたことに気づき体験」について。
私は2025年の4月から上智大学グリーフケア研究所で、グリーフケアやスピリチュアルケアの学びをしています。この学びは、仏教やイスラム教、キリスト教などの宗教やグリーフケア、スピリチュアルケアとは何かという理論を学ぶだけでなく、演習という形で自分を語る、相手のお話を聴かせてもらうという体験的な学びもあります。
9月からの演習では、一つのテーマで自分のことを10分間話すという体験を二回しました。持ち時間は全部で45分くらい。話した後は、質問を受けて答えられる範囲で答えていく、というもの。(質問の仕方のルールなどはあります)テーマはそれぞれ違っていたのですが、語りの根っこで共通していたのが母に対する想いでした。
私の人生のどん底体験は、中学の時にグループ内の集団無視にあったこと。このことはホームページに書いていて隠してもいないし、大きな声で被害を受けた、と言いたいわけでもないのですが、渦中にいた時には、本当に誰にも言えなかった。(のちに、道徳の作文で小学生の時にいじめをしたこと、中学生でいじめを受けたことを自ら書いて文集に選ばれました)思春期だったこともあり、子どもなりのプライドもあって、恥ずかしいという感情が大きかったように思います。
母にすら言えなかったのは、母の口癖が「しょんなかたい」、福岡・熊本の方言で「仕方がない」だったから。幼少期から何を言っても「しょんなかたい」で話が終わる。どんなことがあったの?悲しかったね、という共感もなく、何か話すと「しょんなかたい」。次第に母に何を言っても意味がないと思うようになり、自分が本当に辛い状況にいるときにさえ精神的に全く頼れなかった。表面的な関係だったのです。
グリーフケアの学びで「仕方がない」という言葉には広い意味があることを知った。自分自身で「仕方がなかった」と思うときには、起きてしまったことを受け入れて次に向かうためのポジティブな言葉。母は女性だったから、二人いる兄とは明確に区別(あの時代は差別かも)されて、その境遇に対して「仕方がない」と受け入れる人生だったのかもしれない。
ですが、母が私言う「仕方がない」は幼い私にとって、話を終わらせるためのパワーワードであり、それ以上何も言えなくなる、突き放されたようなネガティブな言葉でした。
演習の中で自分を語るという体験をしたことで、すっかりと忘れていた感情がほろほろと出てきました。私は母に「ただ聴いてほしかったし、辛いね、悲しいね」と言ってほしかった。ただそれだけだった。
自分が母になったことで、子どもの変化に気がつかないことへの驚きと無関心への悲しみも同時にあったのだと気づきました。だから私は、つい子どもの話に耳を傾けすぎて、聴きすぎて疲れてしまう(笑) 何かあったときに、頼ってもらえるような関係性を築いていたいという想いが強いのだ、と。
埋もれていた昔のことがふわっと出てきてビックリしましたが、あの時我慢していた自分の気持ちに気づくことができてよかった。母は強い人だから、仕方がなかったのかな~と向き合ったからこそ、そう自分で思えるようになりました。
私はサロンでも(算命学のセッションでも)お話を聴くことを大切にしています。いらしたら、まず「どう過ごされていましたか?」「一か月どうでしたか?」など広い範囲で伺っています。お客さまのお話から、アロマブレンドに活かしてもいますが、一番は「今あなたが何を話したいか」「あなたから出てくること」に気づいてもらえるきっかけになるかな~とも思ったりして。
話したいことがあれば話してもらってもいいし、話されなくてももちろん大丈夫です(^^)
